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タイヤ交換の日は、決まって少し肌寒い風が吹く。
車をジャッキで持ち上げ、重たいタイヤを外しながら、ふと考える。こんな作業に何の意味があるのだろう、と。
けれど、新しいタイヤを取り付けながら思う。これでまた、誰かを安全に送り届けることができる。家族を、友人を、大切な人を。どこか遠くへ出かける日も、いつもの道を走る日も。そう考えると、この手に重さを感じるタイヤが、ただのゴムの塊ではなくなる。
人生も同じだ。目立たない日々の中で、意味のないように見えることが積み重なっていく。掃除、洗濯、食事の支度。誰の目にも留まらないそれらは、ふとした瞬間にかけがえのない温もりとなってよみがえる。
タイヤを締め直し、車を地面に戻す。少し黒く汚れた手のひらを眺めながら、胸の奥に小さな満足感が広がる。
そうして今日という名の一日が終わり、また新しい日が始まる。何でもない時間が、後になれば大切な章になると知っているから。
名もなき日々は、静かな川の流れのように、やわらかく、たしかに人生を運んでいくのだ。